施設長コラム「つれづれ草」

つれづれ草

●令和3年1月

最近我が家の本箱にあった「或る遺書について」を目にした。そこにはシンガポールの刑場で戦争犯罪人として処刑された一人の青年の遺書が掲載されていた。 大学入学後まもなく学徒出陣し南方の孤島に向かった彼は、住民等のスパイ活動の取り調べに関わったことが不利な状況を招いてしまった。他の日本軍人のように残虐な行為は一切しなかったが、法廷では上級者の将校たちから真実の供述を厳禁されていた。死に際して「南方占領後の日本軍人が行った残虐行為は、彼等だけでなくそれを許した日本人にも責任がある。世界が日本の行った無理非道を非難するのは当然である。私の死が世界人類の気休めになれば幸いである。日本国民全体の罪と非難とを一身に浴びて死ぬのだと思えば、腹も立たないで死んでいける」と語っている。更に戦争犯罪者の汚名を下され家族に迷惑をかけるのではないかと心配しながらも「ここまで生き残ってきたことが既に感謝すべきことであり、幾百万の同様の運命にあった死者たちのことを思えば、生き残りたいとい希望をもつことすら不正と感ずる」と心境を述べている。
読み終えた私の手元に国連UNHCR協会から支援をお願いするパンフレットが届いていた。私は少しでも彼の死に報いることに繋がればとの想いもあって、僅かばかりのお金を寄付することにした。
「或る遺書について」(塩尻公明著)より引用
施設長 井 上 節


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